



ようこそ、南山大学へ。久しぶりの母校の印象はいかがですか。
卒業して40年。久しぶりにキャンパスを歩きましたが、学生時代のことが思い出されて、非常に楽しい時間を過ごしました。
お二人とも今日までずっと外交官として活躍されていますが、外交官というのはどんな仕事をしているのでしょう。また、外交官と大使の違いについても教えてください。
外交官の仕事は大きく分けて二つあります。一つは海外にいる日本人の安全を確保すること。もう一つは、その国と日本との信頼を深め、両国の発展のために良好な関係を築くことです。具体的には、経済を発展させるための経済協力事業や支援活動、日本を理解してもらうための文化交流活動などが挙げられます。
外交官と大使との違いについてですが、実はそんなにないと思っています。日本人スタッフ、現地スタッフ全員が一致団結して仕事に取り組んでいます。ただ、大使は現地における日本の代表ですから、責任の重さや仕事の範囲の広さに違いはあるかもしれません。とは言うものの、私自身、部下に任せずに自分で率先して仕事を行ってしまうことも多々あります。
お二人が外交官という道を選んだきっかけは何ですか。
所属していた英語サークル(E.S.S.:English Speaking Society)の先輩から、外務省の専門職試験があることを教えてもらい、大学生活の総括としてチャレンジしました。
私は、学んだスペイン語を活用して国際社会で仕事をしたいと思っていました。語学はあくまでツールで、それを有効活用しなければ意味がありません。たまたま見た新聞に「外務省の入り方」という記事があり、こういう道もあるのかということを知り、我流で勉強しました。今から思えば無謀なことをしていたなと思います。




赴任先で印象に残っていることや苦労したことは何ですか。
私はタイに3度赴任しましたので、タイでの思い出がたくさんあります。タイは、1970年代から今日まで、何度も政情不安な時期があり、クーデターも起きています。その時には、戒厳令や外出禁止令が出たりと、普段の生活にも影響が出ました。情勢を把握して日本に報告するのも、我々の仕事。当時5歳だった息子を連れて抗議集会に赴いたことは、今も忘れられません。2010年の5月にもバンコクでは争乱状態が発生して、日本の方々にもご心配をいただきました。その時々のできごとを苦労と思ったことはありませんが、平和を切に願う気持ちで一杯でした。
印象に残っているのは、1996年12月に起きた、テロリストによる「在ペルー日本大使公邸占拠事件」。当時私は米国のマイアミにいたのですが、応援のため急遽現地にかけつけ、医療班長を務めました。テロリストから人質を救出する時には、突入する場合も考えられ、ケガ人が出る恐れもあります。そうした緊急事態に備えて現地の医療事情を調べ、医薬品や輸血の準備をしたり、スタッフの指示系統を確認したりと、綿密な準備を進めました。最終的にはペルー国軍特殊部隊の武力突入で人質71人を無事救出したのですが、決着までに4ヶ月もかかりました。
お二人とも、大変な時期を乗り越えて、今に至る訳ですね。
そうですね。でも、危険と隣合わせばかりではありませんよ。私が2代目の総領事を務めたタイのチェンマイでは、毎年、総領事館主催でタイと日本の文化交流のイベントを開いています。そこでは、日本から染色の専門家を招いてワークショップを実施したり、コンサートを開催したりと、様々な行事を行いました。イベントの最終日には、タイと日本の盆踊り大会をやりました。日本にいるときは盆踊りなんてやったことがなかったという人が、おそろいの浴衣を着て盆踊りを踊って、本当に楽しそうな顔をされているのを見るととても嬉しい気持ちになりますね。
文化交流は、国家間の良好な関係を築くためにはとても重要です。外務省生活の半分を海外で過ごしましたが、色々な国の文化を知ることができて、楽しい思い出がたくさんあります。例えば、直近の赴任先、ブラジルはカーニバルで有名な国。私が総領事を務めていたレシフェでは、誰でもカーニバルに飛び入り参加ができます。私も日本で買った「おかめ」と「ひょっとこ」のお面をかぶって踊りの輪に入り、首長や議員と踊り明かしたこともありました。そうすると、“今度の日本総領事はカーニバルが大好きみたい”ということが知れ渡って、仕事を進める上でも、その話題をきっかけにして良い雰囲気を作り出すことができるんです。


それが信頼関係を築くコツでもあると。
そう。外国の人とつきあう時に一番重要なことは、相手のハートをいかに掴んで、こちらに引き寄せるかということ。相手国の歴史や地理を知り、相手の文化圏の中に自分が入り込むと、次第に波長が合うようになって、相手の心の中に入り込んでいけるんです。
盆踊りも、カーニバルもとても楽しそうですね。ところで、横田大使はお子さまがいると聞きましたが、結婚、出産を経て、なお仕事を続けてこられた原動力は何ですか。
正直、これ以上は続けられないかなと思ったことは何度もありました。そのたびに頑張れと言ってくれたのが家族です。息子が中学生のとき、「お母さん、僕が小さい頃からいつも男女平等って言ってきたじゃないか。男性だったらきっとやめないよ。だから、ここで自分に負けてはだめだよ」と励ましてくれたこともあります。既婚であれ、独身であれ、女性が外務省で働くのは率直に言って非常に大変ですが、一方で、外務省は男女平等が非常に進んでおり、機会も平等に与えられます。当然、責任や働く姿勢も同じものを求められますが、挑戦する価値のある仕事だと思います。ぜひ多くの方に、外務省を目指していただければと思います。