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第10回
「認識論」

井上 淳



人がものを知るということの 意味を考える

授業風景

井上 淳いのうえ・じゅん 
人文学部助教授、キリスト教学科。専攻分野は西洋中世哲学およびキリスト教神学。長期研究テーマは「トマス・アクィナスのキリスト教哲学」。短期テーマは「トマス・アクィナスにおける人間論」。担当科目は『認識論』、『キリスト教概論』など。


 この講義では、私たち人間の「知る」というはたらきについて考えます。私たちはいつも何かを考え、何かを知り、何かを理解しながら生きています。この講義では、このことについて、そこにどういう積極的な意味が含まれるのかを、伝統的なカトリック神学の視点から考察します。
 日ごろはあまり気にとめていなかった事柄について考え、これまで気が付かないでいた観点から人間の知性のはたらきについて理解することは、自分が日々何を学び、どのように生きていくべきかをじっくり考えてみるよい機会になると思います。
  伝統的なカトリック神学の代表として、トマス・アクィナスの思想をとりあげます。トマスの神学体系を学ぶことは、キリスト教的な人間理解の基礎を得るためにとても役立つと思います。
 講義は、トマス・アクィナスの『神学大全』を読み、それを解説するという形をとります。だいたい次のような順番で進みます。(1)真理の認識――相対主義と絶対主義 (2)キリスト教的創造論 (3)真と善と存在者の関係 (4)人間知性のはたらき――プラトンとアリストテレスの比較 (5)天使と人間 (6)魂と身体の関係 (7)知性と感覚のはたらき (8)物体的事物の認識 (9)非質料的事物の認識 (10)自己認識 (11)身体から分離した後の魂の認識 (12)人間認識の究極目的。
 この講義は、今年から私が新たに担当することになった講義です。認識論という、いかにも硬そうな感じがするものであるにもかかわらず、一年生から四年生まで含む多数の学生が受講してくれました。できるだけ論理的で明解な話になるよう、平易な言葉とたとえを使うことを心がけました。また、論のかなめとなる言葉をほとんどすべて黒板に、順序に従って書いていく方法をとりました。もし講義の途中で集中力が途切れても、黒板を見ればそれまでの内容がある程度つかめるようにです。1回の講義で、普通は、黒板を3段に分け、それをだいたい3往復するくらいの量を書きました。要点が明示されますので、ノートは取りやすかったと思います(書き写すのは大変だったでしょうが)。とても友好的で熱心な学生ばかりで、雰囲気が明るく、おかげでたいへん楽しく授業ができました。どうもありがとう。
 

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