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医療事故の防止と
被害者の救済システム研究
加藤 良夫




加藤 良夫 かとう・よしお 

法務研究科(法科大学院)教授。専攻分野は医事法。長期研究テーマは「医療過誤訴訟と患者の人権」。短期テーマは「医療事故防止・被害救済システム」。担当科目は『医療と法』『法曹倫理』など。


 私はこれまで30年間患者側弁護士の立場から医療過誤事件(誤診や薬害や手術ミスなどにもとづく損害賠償事件)に取り組んできました。(なお医療事故について関心のある方は医療事故情報センターのホームページをご覧ください。)そして、2001年4月からは弁護士業務を継続しながら愛知大学法学部に教授(民法)として赴任し、昨年四月には南山大学に移り、この4月からは南山大学法科大学院の実務家教員(医事法)となりました。
 私がこれまで関心を持ってきたテーマは(1)医療過誤訴訟をめぐる諸問題、(2)医療被害者の救済システム、(3)医療契約論、(4)インフォームド・コンセントなどの患者の人権、(5)臓器移植などの生命倫理です。このうち(2)の点が目下の研究テーマです。
 医療過誤事件には「3つの壁」((1)専門性の壁、(2)密室性の壁、(3)封建制の壁)が立ちはだかっています。「3つの壁」の中の「封建制の壁」というのは、医師同士が同僚庇いをして医療事故の被害者の救済のために力を貸そうとはしない傾向を示すことを指しています。しかも裁判手続上は、原告・患者側は医師の医療ミス(過失)と被害(損害)およびその両者の結びつき(因果関係)をすべて証拠によって裏付ける(証明する)負担を負わされています。そのため、一般民事事件で原告が勝訴する割合に比して医療過誤事件の原告勝訴率は低く、医療事故の被害者が法的に救済されることは決して容易なことではありません。弁護士を依頼しそれなりの年月と費用をかけて取り組む必要があります。
 私がこれまでに担当した事件の中で、7歳の時に盲腸の手術を受け、その時のミスで寝たきりの状態になった男の子のケースがありました。このケースについては、担当医にミスがあったかどうか、医療行為と結果との間に因果関係があるといえるかが争点であり、裁判の場で延々と難しい医学論争が展開されることになりました。そのため、裁判は一審で10年、二審で6年、最高裁で4年、合計20年の歳月がかかり、やっと原告被害者側の全面勝訴で決着にこぎつけることができました。あまりに時間がかかりすぎであると思われました。もちろん20年もかかることはまれで、裁判となっても2〜3年で解決するケースもありますが、5年位長期化しているケースは少なくありません。
 ところで医療被害者には「5つの願い」((1)原状回復、(2)真相究明、(3)反省謝罪、(4)再発防止、(5)損害賠償)があります。このうち再発防止の願いは被害者にとって大変大きなものですが、年月のかかる民事裁判ではうまく機能しません。なぜならば再発防止の視点から見れば、たとえ良い判決が出されたとしても何年も過ぎてしまってからでは医療現場へ教訓をフィードバックするタイミングを失することになるからです。「反省謝罪の願い」も同様に民事裁判では届きにくい実情にあります。そこで裁判以外に医療過誤の被害者の救済を速やかに図りつつ医療事故を少しでも減らす方策はないものかと考えることが必要となります。
 私は、1997年に「医療被害防止・救済センター」構想をまとめ、各種シンポジウムの場等で発表したりマスコミの取材を受けたりしてきました。そして2001年9月には「医療被害防止・救済システムの実現をめざす会」(仮称)準備室を開設し、「医療事故を防止し被害者を救済するシステムをつくりたい」というパンフレットをすでに1万5000部以上配布するなど、新しいシステムを構築すべく活動をしてきています。この構想は紙面の都合で詳しくは記せませんが、(1)医療事故の防止と被害者の救済を一体的に行う (2)過失がなくても医療行為によって大変気の毒な結果となった場合には補償を先行させる (3)厚生労働省とは別に法律によって第三者機関(例えば「医療事故防止・被害救済機構」)を設立するというところに特色があります。
 今年度、私の研究テーマ(医療事故の被害者救済に関する研究―市民による「救済判定」の可能性をさぐる―)に関し、パッへI―A―1の研究助成を受けることができることになりました。貴重な研究費を十分活用し、共同研究者の町村教授とともに力を合わせて、よい研究成果を世のために提供したいと思っています。どうか力をお貸しください。