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古人のことばが
問いかけるもの
西岡 淳




西岡 淳 にしおか・あつし 

人文学部助教授、日本文化学科。専攻分野は中国文学。長期研究テーマは「中国古典文学の研究と、その文化史における位置の考察」。短期研究テーマは「蘇軾、陸游、楊万里、范成大ら、宋代の詩文作家の研究」。担当科目は『漢文学研究』、『唐宋文学研究』など。


 私は中国文学、特に古典を中心に研究しています。もともと漢字で書かれたものが好きでしたが、その中でも、強い定型性を持ちながら、読む者の想像力を羽ばたかせてくれる詩の世界が性に合っていました。今もその傾向は変わりません。
 古典とは、すぐに何かの役に立つものではないかもしれません。それが人々に長らく継承されてきた理由の一つは、古典が人間の思考や行為の「型」の集積なのだということにあると思います。遠い過去のものであろうと、今を生きる我々の心に通底する要素をもち、時に鮮やかに我々の行為を照射する。古典は古くとも伝統として長しえに生き続ける。はるか過去の先人たちが遺したことばにふれる度に、そうした思いを強くします。
 中国の古典と言ってもさまざまですが、私が主な研究の対象としているのは宋代の詩文です。この時代には、官吏の登用制度である科挙が広く実施され、文章の読み書きが可能な人に対しては、官途につく機会が等しく与えられました。社会全体の経済活動も従前に比して非常に活発になり、中国史の時代区分において、ほぼ宋代以降を近世とする考えがあります。文学に関しても、詩文の作り手の数が飛躍的に増大し、都市では書物の印刷や出版が盛んに行われ、市民たちが「詩社」を結成して自分たちの作品集を刊行するような例も見られます。盛り場の演芸場では、小説『三国志演義』などのもととなった多くの語り物が演じられていました。その宋代の詩について、「唐詩は酒の如し、宋 詩は茶の如し」「唐詩は青年の文学、宋詩は大人の文学」ということばがあります。感情を高ぶらせて雄大にうたう唐の詩人たちの後をうけ、宋代の詩人たちは、概ね平静で理知的な表現を用いました。彼らはまた、唐人よりも日常的な事物をうたうことが多く、個人的な習慣や好きな食べ物、人によっては飼い猫の名前まで分かったりもします。およそ千年も前でありながら、等身大の彼らの暮らしぶりがある程度まで知ることができる、その一方で北宋の蘇軾(東坡)のように、壮大な規模の世界観を持つ人物もいるというのが、この時代の面白いところだと思います。
 その数ある宋の詩人たちの中で、殊に陸游、范成大、楊万里の3人について多く考え続けています。いずれも宋代後半(南宋)の人で、これに朱子学の朱熹を加えた4人はほぼ同世代の人になります。
 陸游は、中国詩史上最も多くの作品(約9,200首)を遺す人で、現代中国においては「愛国詩人」と呼ばれています。中原以北の領土を失った南宋は、漢族からすれば淪落の危機にあったということになります。それを憂えることが多かった故の呼称なのですが、いささか政治的に偶像化されている嫌いが無くはありません。実際の彼は、憂国的な主張をする自分自身を外側から冷徹に観る眼を具えており、時に自らを異常者とさえ表現します。周囲に奔放な言動を譏られ、「放翁(気ままなじいさん)」と名乗ったことは有名で、自分の詩の読者を、同時代よりも寧ろ後世に求めていたようなところがあります。若い頃に妻と離別させられ、その人への思いを晩年に到るまで度々詩に詠じた故事は、我が幸田露伴により短編「幽夢」に描かれています。
 范成大は副宰相にまで昇った人で、国使として敵対国に赴いたことなどを記す三種の旅行記の作家としても有名です。この旅行記は夙に小川環樹先生により邦訳されていますが、新たに単行本化されるにあたり、本学名誉教授の山本和義先生とお仕事を共にする機会をいただいたことでも思い出のある詩人です。彼の詩文は、当時の社会の実態を知るための資料として歴史研究者に利用されることがあります。たとえば、お茶の行商が農村に来る様子を詠じた詩が、当時の農村経済や茶の売買の実際を知るよすがになることなどが例です。温雅でありながら描写力・表現力の確かな魅力ある人だという印象があります。晩年、郷里の農村の生活を、季節ごとに短詩の連作を用いて描写したことでも知られます。
 楊万里は陸游に次いで多数の詩を遺す人です。ユーモラスな作風を持ち、主に短詩(七言絶句)のかたちで、日常生活の何気ないシーンを巧みに描く、と言えばいいでしょうか。比喩や見立ての妙では際だっていると思います。小動物や虫などをうたうことが多いのも特徴の一つで、日本の俳句を知る中国人が、彼の詩は小林一茶を思わせると評するのを聞いたことがあります。宋代は詩にうたわれる対象が多様化した時代ですが、その傾向を象徴する存在とも言えるでしょう。
 私は人文学部日本文化学科の教員として、これらの詩文を始めとする中国古典を研究し、その読み方や知識を学生の皆さんに教えています。それは「日本人であること」を自らに問うことにつながります。学生の皆さんには、日本のことを扱う場合には日本の外側からの視点を持ち、外国のことを扱う場合にはあくまで外部者としての眼を失わないように言うことが少なくありません。この島国で中国文学を研究する者として、そうした「異域の眼」(私の師のことば)を保つことが、今後ますます重い意味を帯びてくるような気がします。