.


アダムとエバのゲーム理論
南川 和充




南川 和充 みなみかわ・かずみつ 

経営学部助教授、経営 学科。
専攻分野は流通 論。長期研究テーマは 「流通の経済分析」。短期 研究テーマは「補完製品 市場における競争分 析」。担当科目は『流通 論』など。


 私の研究テーマは、ミクロ経済学やゲーム理論を分析のための道具として用いて、流通やマーケティングにおける経済・経営現象を分析対象にして、そこでの取引や戦略を理論的に解明することです。小論では私の研究を直接に紹介するのではなく、皆さんもよくご存知のアダムとエバの話を例に取り上げて、ゲーム理論を分析手法として現象を説明するとはどういうことか、について書きます。
 例として説明したい現象は、エバが蛇の誘惑にのって禁断の木の実を食べた、ということがらです。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」。女は蛇に答えた。「私たちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないからと、神様はおっしゃいました」。蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ」(旧約聖書、創世記三 :1-5)。
 禁断の木の実をめぐるこうした状況を、蛇とエバが「プレーヤー」であるゲームとして表現することにします。両者のあいだの利害対立の様子を描写すると、のようにまとめられます。

蛇は、「誘惑する」と「誘惑しない」という2つの「行動」をもっていて、そのうちから1つを選択するという意思決定をします。エバは「果実を食べる」と「果実を食べない」という2つの「行動」から1つを選択します。両者のプレーヤーが各々どちらの行動を選択するか、その組み合わせによって、四通りの「結果」の起こる可能性があります。すなわち、(A)蛇は誘惑して、エバは惑わされ神の戒めにそむいて果実を食べる、(B)蛇は誘惑するが、エバは惑わされず食べない、(C)蛇は誘惑しないが、エバは果実を食べる、(D)蛇は誘惑せず、エバは自ら神の戒めに従う、の四つです。起こる結果は自分の行動だけではなく、相手のプレーヤーの行動にも依存して決まるので、意思決定が相互依存している「ゲーム的な」状況といえます。カッコ内の左側の数字は蛇の利得、右側の数字はエバの利得と呼びます。この数字は、A、B、C、Dの四通りの結果に対して各々のプレーヤーが感じている「好み」のランキングを表現するためのもので、4=最も良い、3=次に良い、2=次に悪い、1=最も悪い、という評価を示すとします。誘惑はしたくてしたいわけではないが、なんとかエバに食べさせたい蛇にとっては、Cの結果が最も望むところ(Cに対する蛇の利得が4)であり、「好み」はC↓A↓D↓Bの順だと想定することにしましょう。一方、エバは神のように賢くなれると誘惑されれば食べたくなるわけで、それさえなければそもそものDが最もよい。最悪なのはC(誘惑がないのに食べると蛇のせいにする言い訳が神に対してできない)なので、D↓A↓B↓Cの順序と考えることは自然な仮定でしょう。
 ゲームは次のように進行していきます。まず蛇が二つのうちから自らの行動を選択します。つぎにそれを見てから、エバは自らの行動を選択します。行動選択の推移はのように表されます。

 両者は互いに相談することなく自分で自分の行動だけを選択します。さて、両者が互いに相手の行動の出方について合理的に読み合ったとすると、どのような結果が生じるものと予測されるでしょうか。この問題を解くには、意思決定をする各プレーヤーの立場に立って推論をしていくとよいのです。まずエバの立場になってみましょう。もし誘惑されれば、エバは食べると利得は3だが、食べないと自分の利得は2となるから、食べるを選択するでしょう。もし誘惑されなければ、食べる(利得1)と食べない(利得4)とを比較してきっと食べないでしょう。すなわち、エバは「誘惑されるなら食べるが、誘惑されないなら食べない」という「戦略」を立てるにちがいない。今度は蛇の立場になってみましょう。こうしたエバの「戦略」を予想することができる蛇は、もし誘惑するとエバは食べてAが起こり、蛇の利得は3が得られることが分かる。もし誘惑しないとエバは食べないDが起こり、蛇の利得は2となることが蛇には予測できる。利得2と利得3とを比較して、誘惑することを選択するはずです。このようにして、ゲーム理論から予測されるこのゲームの結果は、実際に起こったAと合致することになります。実現したことは「蛇が誘惑してエバが食べた」ことだけなのですが、ゲーム理論では、このことの背景に、「誘惑する」、「誘惑しない」、などといった戦略という概念を想定します。こうした戦略のなかからプレーヤーたちが「合理的」に選択をおこなった結果として現実の現象を理解するということが、ゲーム理論による現象の説明というものなのです。
(このゲームは、Steven J. Brams著、Biblical Games:Game Theory and the Hebrew Bible,MIT Press,2002を参考にし、聖書の文章は、日本聖書協会の聖書、新共同訳1993から引用しました。)