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コーポレートファイナンスと法
― 市場のルールを考える ―
高橋 真弓


高橋 真弓 たかはし・まゆ 

法学部講師 法律学科。専攻分野は商法。長期研究
テーマは「証券保有者間の利害調整」、「証券市場
における情報仲介者の法規制」。
短期研究テーマは「種類株主間の利害調整」。
担当科目は『商法総則・商行為法』、『会社法』など。

 諸外国の制度にならい株式会社制度が導入・法整備されて一世紀あまりになるが、その活動を支える資金の供給は、量はともかく、極めて限られた方法に依存してきたといえる。特に戦後においては、銀行などの金融機関からの貸付資金を主財源とする間接金融へ大きく依存した資本構造が定着し、これがいわゆるメイン・バンク制の基礎を築いて、企業の統治構造にも大きな影響を及ぼしてきた。しかし、特にバブル経済崩壊後は金融機関へ依存した企業活動が行き詰まり、”選択肢の拡大“を企図して多様な資金調達手段が開拓されつつある。特に、株式会社法の基礎をなす商法は、昨年来わずか一年あまりの間にそれぞれに大規模な法改正を計四回も経ており、これにより株式会社が利用しうる資金調達手段は飛躍的に増大した。無論、こうした法改正以前より、あるいはこれと並行して、実務のレベルでも極めて多様な資金調達スキームが開発されてきており、金融機関だけでなく、他の機関投資家、個人投資家、更には海外の投資家から資金を集める方法が考案されてきている。
 資金調達方法の選択肢を拡大すること自体は、企業の自由かつ効率的な経営を促進するものとして大きな異論を差し挟むところではないが、資金を拠出する側の立場から考えれば、一つの会社に多種類の投資家が利害関係を持つようになることは、それぞれの間の利害調整を複雑化するという問題を伴うものでもある。全く同一条件で会社に投資している者の間では、投資している資金の量に応じて平等な取り扱いをすれば足りるともいえるが、それぞれ投資の条件や態様が異なる場合には、企業活動による利潤の分配、企業資産の維持、会社の合併や分割など企業再編の是非、更には会社の事業方針について、これらの者の利害を調整することは決して単純な作業ではないからである。
 私はこのように会社に資金を投資する者相互の間の利害調整について、特に市場で流通する有価証券を介したタイプの資金調達手段に着目し、これら証券保有者間の利害調整ルールはいかなる態様によるのが最善であるかということを研究テーマとしている。有価証券の発行による資金調達においては、一種類の証券についてさえ、法人から個人まで多様な性格を有する複数の者が投資することにより関係者間に一層複雑な利害調整の問題を生じる可能性があるだけでなく、証券市場の存在が独自のルールの必要性を生じるものとも考えられるからである。
 研究の第一歩として、商法の改正および起債慣行の是正によりここ数年国内市場が著しく拡大してきた普通社債の保有者と会社株主の間の利害調整ルールのあり方について、その方向性およびそれを実現する諸手段(法解釈・立法的議論を含む)を検討してきた。また、近時では、こうした社債権者・株主間の利害調整との比較を念頭に置きつつ、種類株主間の利害調整についても研究深化を試みている。これまで、従前種類株の中で最も一般的であった優先株主と普通株主の間の利害調整のスキームにつき検討を加えてきたが、更に、商法の大改正による種類株式のバリエーションの著しい増加を受けてこれまでとは若干異なる態様の利害衝突が発生する可能性が生じてきていることから、これらにいかに対応すべきであるかを鋭意研究中である。
 こうした証券保有者間の利害調整の研究と並び、もう一つの研究テーマと考えているのが講学上市場の「情報仲介者」とか市場の「門番」と称される証券市場関係者の法的性格に関する議論である。
 「情報仲介者」に何を含めるかということはさほど確立しているものではないが、例えば自らは市場での証券売買を主目的とせず、投資商品に関する一定の評価を市場に提供する活動を行っている「格付機関(格付会社)」はその一つに挙げられる。格付機関の評価については、しばしば批判的な姿勢を示す市場参加者は少なくない。日本のソブリン格付(国家の信用力を表す格付)の引き下げに対して財務省が猛抗議を行ったのも記憶に新しいところである。こうした格付機関の評価に対する不満は、格付制度への疑念につながり、格付機関に対する規制強化の議論にまで至っていることがしばしば見られるが、その一方で現行法の下での格付機関の法的地位についてはなお検討が十分でない。現行法の下、格付は規制の中にいかに組みこまれ、それがどのような影響をもたらしているのか、格付機関はいかなる場合にどのような法的責任を負うものなのか、それらを踏まえた上で新たな法的規制の必要性があるのか等々、重要な論点はなお詳細に議論されてきていない。私は社債権者・株主間の利害調整を検討する上で、社債権者の保護体系全体の検討を試み、その過程でこの格付機関および格付の法的位置づけに疑問を持つに至った。当初は副次的な研究対象であったが、法的議論の乏しさ故か企業実務に携わる方々から大きな関心を寄せて頂き、この領域での発展的検討の必要性を感じているところである。また、現在の証券市場には、格付機関以外にも情報仲介者という概念で捉えられる者が多数参加しており、これらの者がそれぞれにどのような法的性格を有しているのか、格付機関をめぐる規制の発展的な研究とともに、その比較においても検討していきたいと考えている。
 私の専門領域である企業法分野は、ここ数年劇的な変化を遂げてきており、今後もこの傾向が継続あるいは加速していくであろうことが想像に難くないところである。これらの進展とともに私の研究上の関心も変化していくことであろうが、実務上の進化発展と伝統的あるいは新しい企業法理論のいずれにも関心を持ち続けるよう努めたいと考えている。