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名誉学位授与式
小島プレス工業株式会社取締役会長
小島鐐次郎氏に
名誉博士号(経営学)を授与

 二〇〇二年六月二十九日、本学名古屋キャンパスにおいて、名誉学位授与式が挙行され、小島プレス工業株式会社取締役会長、小島鐐次郎氏に「名誉博士号(経営学)」が授与された。「名誉博士号」は、深い学殖と豊かな経験をもち、日本経済、地域社会の伸長や文化の発展に顕著な功績があり、南山学園および南山大学に多大な貢献のあった方に授与されるもので、開学以来、今回で十五人目の名誉学位授与にあたる。




小島 鐐次郎氏
略歴
こじま・りょうじろう 
1928年11月4日生まれ、愛知県出身。46年南山中学校卒業。50年3月同志社大学商学部卒業後、株式会社小島プレス工業所(現在は小島プレス工業株式会社に改称)入社、代表取締役社長就任。88年代表取締役会長就任、現在に至る。

学位を受け、キャップとフードを着用した小島鐐次郎博士による御礼のことば

マルクス学長就任後初の名誉学位授与式
拍手喝采の中で喜びの握手を交わす

 小島氏は、一九五〇年に株式会社小島プレス工業所(現・小島プレス工業株式会社)代表取締役社長に就任以来、五十有余年の長きにわたり、経営者として邁進した。常に業界におけるフロンティアとして、自動車部品の品質向上と多様化を目指し多くの新規事業を展開し、同社をグループ企業として発展させ拡大した。この間には、中部経済同友会を始めとする東海地方の経済団体においても幾多の要職を歴任、地域社会のみならず、関連企業の発展育成、および雇用の安定・促進にも強いリーダーシップを発揮した。また、労働者の福利厚生についても力を注ぎ、職業訓練所や保育所の設置に努めた。まさに、自身の経営哲学「企業は人なり」を、身をもって実践したと言える。
 これらの企業人としての功績のみにとどまらず、利益を社会へ還元するためにも尽力した。とりわけ身体障害者福祉工場の運営には熱心に取組み、身障者の自主自立と社会参加を促進した。この工場がのちに独立採算性をとって、豊田市との官民一体型の身体障害者福祉事業へと展開されたことは、同氏の経営者としての見識の高さを如実に表すものである。
 一方で、同氏は早くから諸外国、特にアジア諸国との友好的な関係の重要性を認識し、多くの貢献をしてきた。「海外からの留学生が日本を正しく理解するための一助となるように」との思いから財団法人コジマ国際育英協会を設立、留学生寮や奨学金を提供した。また、中国青海省には日本語教育を始めとする、総合的な教育施設を設立し、多くの学生がその恩恵に与っている。南山学園においても、同氏は教育の充実と国際交流活動のために、惜しみない支援を行なってきた。
 さらに、同氏は、南山中学校在校中に、初代学園理事長兼南山中学校長であるヨゼフ・ライネルス師から直接教えを受けた、南山学園の教育理念と建学の精神を最も深く理解した卒業生でもある。
 式典は、緑鮮やかな名古屋キャンパス、G30教室において、午後二時三十分より挙行され、およそ三百名の来賓を迎えた。オルガン演奏による荘厳な入場(Procession)に始まり、指導司祭による聖書朗読、マルクス学長の挨拶が続いた。学位授与では、マルクス学長が学位記および表彰のことばを授与し、藤井経営学研究科長が小島氏に学位取得者のシンボルであるキャップとフードを手ずから着せた。
 最後に、小島氏から御礼の挨拶があり、「『人中心の企業』を目指してきた小島の経営理念は、南山のモットー「人間の尊厳のために」と同じであり、これからは祈りの経営、感謝の経営でなければなりません」との力強い声明の後、「六十年前、ライネルス先生よりいただき、感激した入学許可の言葉を思い起こし、南山が私にとって生涯の学び舎であることの幸せに深く感謝をします」と述べた。
 南山大学管弦楽団、女声コーラス、メイルクワイヤーが歌い奏でる「ハレルヤ」に導かれた退場(Recession)をもって、閉幕となった。