第103回

歴史から見た
日本とドイツ

SZIPPL, Richard



パッヘスクエアでゼミ生に囲まれるジップル先生

 ジップルゼミでは、日独交流史を研究対象としている。「歴史」と聞くと、高校の歴史の時間が頭に浮かび、人物や事件の名前の丸暗記を連想する人が多いかもしれない。この「教科書型」の歴史では、個々の事実が機械的に羅列され、歴史の流れ全体が見えなくなるばかりではなく、重点が政治の動きに置かれているので、社会・文化・思想・経済などの分野の動きが軽視される傾向がある。われわれのゼミナールでは、まずテキストを読みながら日独の交流史の流れ全体を概観する。それから、外交や政治的な関係だけではなく、文化や人物の交流の歴史の関連テーマを各自選んで研究し、口頭発表するとともに、レポートにまとめることを課題としている。
 現代はよく「国際化」時代や「グローバル化」時代といわれているが、日独関係の歴史はかなり長く、興味深いところが多い。たとえば、いわゆる「鎖国時代」に出島のオランダ商館の医官として来日したエンゲルベルト・ケンペル(一六九〇―一六九二)やフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(一八二三―一八二九)など、日本で活躍し、その著書を通して、当時のヨーロッパ人の日本観の形成に大いに貢献したドイツ人もいる。また、日本の経済・軍事的発展を図った明治政府の中に「親独派」もあって、ヨーロッパの振興大国として成立したばかりのドイツ帝国の政治、経済、法律、軍政の制度は日本の近代の手本となった。そして、ドイツの医学、法学、軍政を日本に紹介するために、「お雇外国人」ベルツ、レースラー、メッケルなどの専門家を招くとともに、日本から青木周蔵、桂太郎、森鴎外などの留学生をドイツへ派遣した。
 十九世紀の終わりごろから、日本とドイツとの間に中国や東アジアにおける利害衝突が現れ、一九一四年日独戦争にまで発展していった。しかし、一九二〇・三〇年代の日本もドイツもそれぞれ国際的に孤立的な立場になって、また接近するようになり、第二次世界戦争の時同盟国となった。敗戦して、経済・社会・政治的な崩壊状態から奇跡的に立ち直って世界経済大国として発展してきた歴史もまた共通しているところが多く、比較して研究すると興味深い。
 このようにしてわれわれのゼミナールでは、日独文化・人物交流史研究を通して、日本とドイツの過去と現在について理解を深めながら、「文化」や「国際交流」の意味について考えることを目指しているのである。

(リチャード・ジップル 外国語学部教授 ドイツ学科)

※このゼミナールは文学部独語学独文学科のものですが、ドイツ学科に継承されます。