政策作りのための
数値モデル

橋本 日出男


 わたしがアカデミアの世界に入ったのは、研究者としては比較的新しいことである。この春、南山大学に赴任する前の八年間は大阪大学経済学部に、さらにその前の十六年間は世界銀行に勤めていた。世銀は本部がワシントンにあり、開発途上国の経済発展を支援する国際機関である。さらに、アメリカに留学する前の一九六〇年代には、日本の財団法人で八年間、途上国からの留学生や研修生の技術研修の仕事にたずさわっていた。そういうことで、自然、わたしの研究は仕事の延長であり、現場の必要性にもとづいたものになってくる。
 世銀のころ、大阪大学のころ、そして現在を通じ、わたしの研究といえるものは、コンピューターを使い、モデルを作り、開発途上国の経済問題を分析し、具体的な政策を打ち出していくことである。ここでモデルというのは、対象とする問題において重要である関係式、たとえば次に述べる一次産品市場の場合ならば、分析対象である一次産品の需要関数や供給関数を推計する。そして、その関係式を組み合わせることにより、連立方程式やリニアプログラミング問題に組み立てていく。それができると、それをコンピューターに入れて数値解を出す。人間の能力には限りがあるので、複雑きわまりない現実世界の中から重要な事項だけを抽出して、現実世界に似たものを作り上げ、それを使って分析していくのである。モデルといわれる理由がそこにある。
 さて、わたしの世銀での仕事を回顧すると、大きく三つに分けられる。第一は、最初の数年間、調査局一次産品課で鉄やボーキサイトなどの鉱産物の市場分析や価格予測をしたことである。ここでは、米国のイリノイ大学大学院に留学していたときの指導教官である高山崇先生が開発された空間均衡モデルをもとに、次々に一次産品モデルを作っていった。
 世銀での二番目の仕事は、一九八四年から一九八七年までの三年間、世銀から出向して、西アフリカのガーナ共和国の財務・経済企画大臣の顧問として現地に滞在したことである。そのころのガーナは固定為替相場制度、すなわち現地通貨の価値を米ドルに結び付けていたので、貿易赤字になると現地通貨を切り下げなければならない。そこで新しい為替レートをいくらに設定すべきかが、わたしに与えられた課題の一つであった。財政収支や貿易収支への切り下げの影響を計測しながらモデルを作り、最適な切り下げ幅を解いていく。
 世銀での三番目の仕事は、ガーナから世銀本部の中東局に帰り、中東諸国のマクロ経済分析に従事したことである。とりわけ印象に残るのは、一九九〇年にイラクがクウェートに侵攻したとき、ヨルダンやエジプトなどの近隣諸国に与える侵攻の経済的影響を分析するためのモデルを、事態の推移に翻弄されつつ何度も作り直していったことである。
 一九九三年世銀を辞して帰国し、大阪大学経済学部に赴任してからは、世銀での仕事を少し高いところから見直してみようと考えた。そこで、世銀とIMF(国際通貨基金)が共同して途上国に対して行っている経済安定化政策と構造調整政策の分析と評価を研究課題としてきている。そして、いくつかの国の応用一般均衡モデルというものを作った。これは、先に書いた一次産品モデルが経済の一部分だけしか取り扱わないのに対して、一国内における(重要な)経済関係をすべて取り上げ、同時に解いていくものである。世銀の委嘱で大学院生と一緒に、中東のヨルダンが貿易自由化した場合の、同国経済に与える影響を分析するモデルを作った。
 最初に述べた通り、わたしの研究課題は現場の必要性に迫られたものである。そして、そこで必要とされることは、単に経済の変化の方向を示すだけではなく、たとえば為替レートを何パーセント切り下げるか、あるいはガソリンの価格を何パーセント引き上げるかというように、具体的な数値解を示すことであった。
 経済学は理論分析と実証分析に分類される。わたしが世銀やガーナで行ってきたことは理論や実証ではない。それでは、それをどのような名前でよぶべきか。限りなく実用に近い応用とでもよぼうかと考えている。頭に「限りなく実用に近い」とつけたのは、すでに応用ミクロ経済学や応用マクロ経済学という言葉があるからである。しかし、そこでいう応用とは、理論を現実問題に応用して考えることであり、コンピューターを使い政策作りのために数値解を導き出すという、わたしの考えていることとは違う。アメリカにはこうしたことを取り扱う数量経済学という分野があり教科書も出ている。これに対し、日本ではこうしたことは理論と実証を修めさえすれば自然にできるものだと考えられているようだ。わたしは、こうした分野を体系化し瀬戸キャンパスで学生に教えたいと思っている。
 学識経験者という言葉がある。日米交渉の場に出てくる米国代表には学識者が多いのに対し日本代表は経験者が多く、なかなか話がかみ合わないと聞く。これからの日本は、こうした国際交渉の場で、しっかりした理論にもとづき、かつ、具体的な数値を出して議論ができる政策マンを作らなければならない。瀬戸キャンパスの総合政策学部はそうした人材を育てるために作られたものである。さらに、さいわいなことに、瀬戸キャンパスには数理情報学部があり、そこには数理解析の専門家が大勢いらっしゃる。現に、総合政策学部の学生もコンピューターや統計学は数理情報学部の先生から教わっており、数理的なトレーニングを受けるチャンスに恵まれている。
 一方、数理情報学部の学生からは、そこで勉強していることを社会科学的問題に使えないかという質問を受ける。わたしは、金融工学の問題にも応用できるし、経済学を少し勉強すれば応用一般均衡モデルを作り途上国の経済分析もできると答えている。瀬戸キャンパスの二つの学部が協力しあえば、国際的な場で活躍できる数理に強い政策マンを育てることができるであろう。

(はしもと・ひでお 総合政策学部教授 総合政策学科)