南山大学
JapaneseEnglish
南山大学ホーム日本語トップ総合案内南山ブレティン188号No.7
南山ブレティン188号
1 - 2 - 3 - 4 - 5 - 6 - 7 - 8 - 9 - 10

私の研究

広瀬 徹 ビジネス研究科 ビジネス専攻 教授

「生業」と「余技」

広瀬 徹  ひろせ・とおる
ビジネス研究科 ビジネス専攻 教授


専攻分野は「広告」「メディア・コミュニケーション」「消費者行動論」。
主な担当科目は「コーポレート・コミュニケーション(広告/広報/文化メセナ)」。
長期テーマは「戦間期東京における芸術文化集積」。

前職が広告会社社員でありましたので、企業動向やビジネスパーソンに関する情報は追いかけていますが、私の研究は、躍動する現代企業に関するテーマではありません。かつて明治製菓の宣伝部長であった内田誠(明治26年生〜昭和30年没)という人物であります。

今では忘れ去られている内田という人物を微視的に捉えていくことによって、戦間期(1920年代・30年代)の東京において芸術文化の集積が進行していく状況を捉えていきたいと思っています。明治製菓という広告主の立場から広告宣伝を「生業」としていた内田は、当時活躍中の作家・画家の作品を掲載するという画期的な編集方針で広報誌『スヰート』を発刊し(大正12年)、また成瀬己喜男監督の映画『チョコレートガール』(昭和7年)とタイアップし商品を映画の中に登場させる「プロダクト・プレイスメント」という広告手法を開発するなど、幾多の広告活動実績を遺しています。一方彼は広告宣伝という業務の傍ら、「趣味」を超えた幅広い芸術文化領域において活発に活動していました。随筆執筆と単刊本の刊行(計13冊)、書籍編集(昭和8年内田の父嘉吉と長男隆が亡くなった際に編集・刊行した追悼書など)、雑誌『春泥』の編集・刊行(月刊・昭和5年〜昭和12年)、俳句・句会運営(余技として俳句を吟じた著名な会社員を糾合した「いとう句会」を運営)、浮世絵収集(昭和13年浮世絵収集番付に前頭として登場)、小唄(永井荷風は内田を小唄の通として認めていた)等々であります。これらの「余技」と会社員としての「生業」とをバランスを取って組み立てていくことこそ生活の技法であり、「生業」と「余技」という「二足の草鞋を履く」ことは、企業者の人生を豊かにするものであります。

写真左:(左)父嘉吉追悼文集『父』(昭和8年刊)(右)長男隆追悼文集『内田隆作文集』(昭和8年刊) 写真右:(左)明治製菓広報誌『スヰート』創刊号(復刻版)(右)雑誌『春泥』昭和12年2月号