南山大学の法科大学院棟1階に「法曹実務教育研究センター」がある。この研究センターは、法曹とりわけ弁護士に必要な面接・交渉の技術、調査・分析能力、法廷尋問技術等を向上させるための実践的な教育と研究を行うことを目的としており、理論と実務を架橋する実践的教育研究機関としてその存在は大きい。ここではその活動について紹介しよう。
法曹実務教育研究センターの設立は、本学経済学部在学中に医療事故に遭遇し、重度の障害を負って以来22年間もの長期療養の後に亡くなった稲垣克彦さんのご両親から2006年4月、寄付の申し出があったことからはじまる。稲垣さんのご両親はご子息の死を無駄にしないためにも、医療過誤被害者の相談、救済、医療事故裁判に通暁した法曹人の育成を祈念し寄付の申し出をされたもので、本学ではこれを「稲垣克彦基金」として受け入れ、その趣旨に応える形で当センターを設立した。
当センターは、(1)法科大学院における学生に対する実務教育の研究、(2)リーガルクリニック(法律相談事業等)の実施、(3)法曹実務に関する教育研修の実施、(4)法曹実務に関する各種講演会の開催等を事業の内容としている。 センターでは、開設準備段階の2007年1月に公開講演会「裁判所から見た医事関係訴訟」を開催したのをはじめとして、「法曹実務教育を考える」(センター開設記念シンポジウム)、「刑事裁判の現場から」、「司法分野の『面接』のあり方を考える」、「裁判官に必要なスキルとマインド」など一般に向けた公開講演会を開催している。 また、一昨年と昨年の12月には、医療過誤問題研究会との共催による公開研修会「模擬医師尋問―反対尋問を実践的に研修する―」を本学模擬法廷において実施し、主眼は若手弁護士のための尋問研修だったが、法科大学院の 学生も多数傍聴するなど熱心に取り組む姿が見られた。 とかく敷居が高いと思われている司法ではあるが、このような公開講演会や公開研修会を通じ、少しでも身近に感じてもらいたい。
法科大学院では将来の法曹(弁護士、裁判官、検察官)を養成している。従来は司法試験に合格してから2年間、司法研修所の司法修習生として実務家になるためのトレーニングを受けていたが、新しい制度になってからは修習期間が1年に短縮されたため、法科大学院において法律基本科目の学習とともに法曹実務の基礎教育の一端を担う必要性が生じることとなった。そこで本学法科大学院では、リーガルクリニック(弁護士が実際の来談者に対して法律相談を行う場に学生も同席し学習する)を設け、正式の単位認定の対象科目ではないが、希望する学生に対してその機会を提供している。こうした法曹実務教育は、将来法曹となることを目指して日夜勉学に励んでいる学生にとって、相談に来られた方の悩み苦しみに共感しそれを受け止め共に考える態度を学ぶ場となっている。それと同時に、学習している法律が実際に活用される場面に出会うことによって勉学へのモチベーションを高める役割も果たしている。 今後も大学関係者はもとより地域の皆様にも広く利用されるリーガルクリニックに発展していくよう努力していきたい。
本学法科大学院では法曹実務教育の一環として紛争解決(ロイヤリング)という科目を設けている。この科目は、法曹に必要な面接相談や相手方との交渉、依頼者への報告等の基本的な技術、心構えを体験的に学習するもので、学生同士がそれぞれ弁護士役または依頼者役となって、ある具体的な事例をもとに模擬相談・模擬交渉等のロールプレイを行う。こうした体験的学習を通して、学生たちは人の話をきちんと聞く態度やコミュニケーション能力等を学んでいく。 学生同士が行うロールプレイ以外に「模擬依頼人」の協力を得る方法もある。この場合には、学外からの「模擬依頼人」にあらかじめ示された具体的な事例について悩んでいる依頼人を演じてもらい、弁護士役となった学生が相談を受ける形で行われる。模擬依頼人参加型のロールプレイは、学生同士で行うロールプレイに比し実際の法律相談により一層近い体験が可能となり学習効果も高い。 こうした模擬依頼人は、時間的に余裕があり法曹養成に関心と情熱のある方であれば一定の訓練を受けることによってどなたでも可能であり、当センターでは、ボランティアで模擬依頼人を引き受けてくださる方々を養成したいと考えている。
司法試験の合格者が増大することに伴い若手弁護士の就職先が見つからないなどの諸問題が顕在化している。将来の実務法曹を輩出する責任を負う法科大学院は、在学生に対する教育にとどまらず、弁護士会等との協力のもと卒後教育のためのプログラムを用意するなど、法曹に対する教育についても一定の役割を担うべきであるといえる。医療事故の被害者など社会的弱者の権利を守る法曹を養成して欲しいという稲垣さんの思いを常に念頭において、今後このセンターの活動が大きく発展していくよう努力していきたい。
(法曹実務教育研究センター長 加藤良夫)