「午前7時。GPSナンバー0465137-1210189。標高5m。我々は北西に向かっている。気温32度…」 車は砂埃を上げている。
地図とコンパスで現在地点を確認し、窓の外に広がる景観を目に映す。そうして地図は立体となり、コンパスが我々を導く。車は目的地へと向かう。
トロペアントナールに到着。測量器具で土塁、水田を実測。それを基に500分の1の地図を作図していく。畦道、田畑など、確認しながらひとつひとつ描いていく。どれだけ機械化が進もうとも、人間にしか表現できないものがある。
変わりやすい天気の雨季の時期、スコールが訪れたらその度にマンゴーの木の下で雨宿り。ふと足元に目をやればそこにはしっかり実ったマンゴーの果実が落ちている。手に取るとずっしりとしていて重みを感じた。昔ポル・ポト時代にこの辺りで「治療」が行われた。それ以来このマンゴーの木は赤い果実を実らせるという。ふいにマンゴーの木の葉から洩れた光が射すのに気づいて私は立ち上がり、また作業に戻った。そして日が暮れるまでそれを繰り返す。薄暗くなっていく空が山を包み、風が吹き、水田は夕陽をゆらめかせる。荷物を引く牛車、その後を追って歩いた。
宿舎に戻り夕食をとる。テーブルを囲んで一日の疲れを癒し、充実感に浸る。カンボジアの学生と談笑し、友情を深める。その後今日の反省、議論をし明日に備える。
「今何処にいるのだろう」―それを知ることの重要さを学んだ。自分の現在地を知る術は何も地図やコンパスに限らない。所得、学歴、趣味・嗜好なども確認する道具となる。時として地図は政治的、作為的であるように、それらは常に不変的・絶対的なものではない。また、測量ではどんなに精巧であっても誤差は生じる。日常生活においても我々は偏見という誤差を持っていると認識し、それを小さくする努力をしつつ現在地をいつも確認すること。そしてまた特定地域の地図や広域を網羅した航空写真、地図の縮図が用途に応じて違うように、目的に合わせて使い分ける。そうすれば次に目指す位置―夢、理想、目標へと向かうことができる。自分の位置を確認すること、それはこの世の中で強く、そしてしっかり地を踏みしめて生きていけるのだと思う。
「午前7時15分。GPSナンバー0459…」
先はまだ、見えない。
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