南山大学

 

テレビ・ラジオ

放送内容

年月日 2008年6月13日
メディア名 東海ラジオ放送
番組名 morningあいland(6:30〜9:00 ON AIR)
放送形式 電話生出演
DJ 小島一宏、深谷里奈
出演者 渡部森哉(人文学部人類文化学科講師)
内容 映画「インディジョーンズ」の公開で話題の「クリスタルスカル(水晶ドクロ)」について、その概要と神秘的伝説について解説。(学術的には意味のない偽物なのか?!)
  • クリスタルスカルは今までに10数個発見されていると言われています。
  • そのうち最も有名で精巧と言われているものは、古代マヤ文明もので、1927年にイギリスの探検家フレデリック・ミッチェル・ヘッジスが、今のベリーズという国のルバ・アントゥン遺跡で発見されたと伝えられています。
  • 古代マヤ文明では、製鉄技術が実用化されていなかったので、加工道具は石器です。石器だけで水晶どくろを作ろうとすると、ある会社の試算によると300年かかるという結果が公表されています。
  • 実際に水晶どくろを検証した結果もでています。大英博物館に、ミッチェル・ヘッジスの水晶ドクロとそっくりのものがあり、それはマヤ文明より後のアステカ文明のものと言われていますが、それを検証した結果、表面に等間隔の加工線があって、ろくろのようなもので作られたと思われます。ですが、南北アメリカ大陸で、ろくろあるいは車輪が実用化されていないという事実と相反する結果となってしまいます。
  • このことから、こういった水晶ドクロは、19世紀後半に、水晶の加工で有名なドイツのある村で作られ、イギリスに持ち帰られたのではないかと思われます。ヘッジスのどくろも同様のものであろうというのが研究者での定説です。
  • その他のいくつかの状況証拠からも、その時代のものでないと思われます。その一つは、ヘッジスの養女アナがルバ・アントゥン遺跡を訪れ、17歳の誕生日に、倒れていた壁を取り除いたら、ドクロが発見されたと言われていますが、実際、アナが遺跡を訪れたこと自体が証明されていません。また、もう一つの状況証拠としては、南北アメリカ大陸で、類似したどくろが他に一点も発見されていないということです。
  • 水晶ドクロが作られ出回った19世紀後半は、西洋人にとって、古代マヤ文明は神秘の文明でした。その神秘性を象徴するものとして、水晶ドクロが作られ、受け入れられていったのではないかと思われます。
  • 水晶ドクロを13個集めても世界征服はできない・・?でもインディ・ジョーンズならできるかもしれませんね。