| 2005年3月23日 | |
「人が在る」にこめられた意味――古典に導かれて
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| ■詳細 |
開催日 |
7/30(土) |
時間 |
14:00-16:00 |
講演者 |
法科大学院教授 高橋広次 |
専攻分野 |
法哲学 |
講演タイトル |
「人が在る」にこめられた意味――古典に導かれて |
| 概要 | 普段、われわれは「人間として生まれている」ことにつき、その意義を自覚することなく、日々の仕事に明け暮れています。そのことをふと考え始めたとき、人生は「既に秋声」と古人も感懐を洩らしています。ところで、地上には様々な存在者が「ある」が、人間が「ある」ということには、何かいわく言い難い意義が秘められているのではないでしょうか。幸い古典には、それを探る手がかりが散りばめられています。過去の偉大な思想家が「人間の尊厳」らしきことについて触れている箇所を探ってみると、面白いことに、人間が、牛馬、カメレオン、葦、太陽等の生物・無生物に比べられており、これらと根本的に異なるところから、「人間として生まれる」ことの稀有さ、従って、有難さが引き出されています。「人身受け難し」といわれる所以でしょう。この「有難さ」は、功績なしに人間に大変な宝物が恵まれていることへの自覚に転じることもあるでしょう。古典を手引きに、この人生の大事を立ち止まって考えてみましょう。 |
申込方法 |
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