![プロの仕事紹介 NO.2 業界最先端のレベル
当時は気づかなかったけれど、南山大学の授業や研究室で学んだソフトウェア工学の知識は今の業務においても非常に役立っており、大学・大学院時代に学んでいたのは、業界最先端の内容だったのだと今さらながら驚いています。[ 富士通株式会社 アシュアランス本部 SI生産革新統括部 情報化企画推進室 ] 中村 一仁 氏 (2004年3月 数理情報学部情報通信学科卒業、2006年3月 数理情報研究科数理情報専攻卒業)](img/02_title.jpg)
南山大学を卒業した先輩がどのような職業で、どういった姿勢で仕事に取り組んでいるか、第一線で活躍する卒業生の仕事に対する想いやこだわりを紹介します。

業務ソフトウェアシステムの開発工程は、「要件定義(お客様の漠然とした要求を具体化する)」→「設計(システムの画面や機能など詳細な仕様を決める)」→「製造」→「テスト」と進んでいきます。このうち重視されるのが要件定義工程と設計工程。実は失敗プロジェクトの多くが、要件定義工程でお客様の要件を固めきれず設計・製造中に仕様変更が発生し、コスト超過・納期遅延に陥っているんです。
また弊社を含め、現在のSIベンダー(ソフトウエアサービスをユーザー企業に提供するシステム開発会社)の多くは設計工程までは自社で行いますが、製造工程は国内のソフトウェアハウス(ソフトウェアの製作会社)や、中国をはじめとする海外のオフショア開発拠点(システム設計・製作や運用管理などを委託する海外の事業者)を利用する場合が多くなっています。このため、設計工程で作成する設計書が曖昧だったり、間違っていたりすると製造工程が滞り、品質低下や納期遅延の原因になるんです。こうした問題を解決するため、情報化企画推進室では要件定義書と設計書の標準化と、プロジェクトの第三者監査を実施しています。

情報化企画推進室の標準化の活動は、富士通グループのすべてのプロジェクトに影響を与えるので、1つのミスでも命取り。ですから常に大きなプレッシャーを感じながら仕事と向き合っています。一方監査の業務は、プロジェクトメンバーから「煙たがられてしまう」のがつらいところ。外部からやってきて、小姑のように「ここが悪い」とダメ出ししたり、最悪の場合はプロジェクトを止めるきっかけとなることもあるのですから無理もありませんよね。でも、不完全なプロジェクトをそのまま進めてしまうのは、お客様にとってもプロジェクトメンバーにとっても、後々致命的な問題になるんです。だから細部まで徹底的に調べなければ意味がありません。それに気付いてくれたプロジェクトメンバーから、「あのタイミングで監査を受けたおかげでプロジェクトが成功したよ」という言葉をもらえると、役に立てたことが嬉しくて、それまでの苦労は吹き飛んでしまいますね。
今の部署に配属される前の入社2年目に、国内の50名の開発者と中国のオフショア開発拠点を使った大きなプロジェクトで、プロジェクトマネージャーのサポート役として開発者の開発プロセスの構築を任されたんです。国内の開発者はもちろん、中国で作業をしていただく方とも連携し、効率的なプロセスを探りました。日本との文化の違いから、オフショア開発拠点を利用する場合には、納期と品質面で問題が起こる可能性が高くなります。だから最初から作業を細かく定義してわかりやすく指示したり、スケジュールに余裕を持たせるなど工夫が必要でした。そうして、一つひとつの作業から属人制を排除し、どうしても必要な作業だけを人が行うような効率的なプロセスを構築したんです。プロジェクトが量産に入ってからも特に問題は起きておらず、大きな自信につながりました。

南山大学に入学したのは、興味のあるソフトウェア分野の最新カリキュラムを学べる情報通信学科があったからです。ソフトウェア開発って特に材料が必要なく、人間の頭脳だけで無限の価値を創造できることに魅力と可能性を感じたんです。情報通信学科は第1期生で先輩がいないから、のびのび学べそうというのも大きかったかな(笑)。入学後は本当に好きなことだけを学んでいたといった感じです。高校の授業のような「やらされてる感」は一切なかったです。
大学院1年次に同じ研究室の仲間とマイクロソフト社が主催するソフトウェアコンテスト「イマジンカップ」に参加したのも、好奇心の延長線。GPS機能を利用して、駅に着いたら時刻表、映画館に着いたら上映スケジュールと、その人の行動に必要なサービスを先回りして提供するというモバイル端末用ソフトを設計・開発しました。結果は全国で準優勝!すごく感激しました!しかし、優勝できなかったのが悔しくて翌年も挑戦したんです。結果は3位。ドラマのような訳には行きませんでした(笑)。
2年次に青山幹雄先生に出会ってからは私の世界が、人生が、大きく変わりましたね。青山研究室では、SOA(Service Oriented Architecture/サービスという単位でソフトウェアをまとめ、そのサービスを集合として全体のシステムを構成する手法)というテーマを研究していました。大学院に進学したのも、青山先生がいらっしゃったから。もっと研究を深めたいと思いましたし、知識を吸収させていただきたいという想いが強かったです。当時は気づかなかったけれど、研究室で学んだソフトウェア工学の知識は今の業務においても非常に役立っており、大学・大学院時代に学んでいたのは業界最先端の内容だったのだと今さらながら驚いています。
また学会などに連れて行っていただいた経験や、そこで構築した人的ネットワークも私の財産です。より広い視野で物事を考えられるようになったし、業界の全体像も掴めました。私の最終的な目標は日本を含め世界のソフトウェア業界の標準化に携わることなのですが、それには研究者の方とのリレーションが不可欠です。業界の3歩先を行くといわれる学会とのつながりは、IT業界に生きる私の大きな支えとなっています。

パソコンを買ってもらい、本を見ながらゲームのプログラミングをした小学4年生の時です。何もないところから何かを作り出すことに、純粋に感動しました。
世界で通用する技術者になるためのカリキュラムと、素晴らしい先生方がいらっしゃるということです。仕事をして改めてその凄さを実感します。
2003年度、2004年度に数理情報学部長表彰、2004年度に同学部情報通信学科の学長表彰、2006年度に数理情報研究科数理情報専攻総代、学外では、マイクロソフト社主催ソフトウェアコンテスト「イマジンカップ2005」日本大会2位、「イマジンカップ2006」日本大会3位、第68回情報処理学会全国大会学生セッション(Web・サービス 指向セッション)奨励賞、優秀新人賞などです。
情報セキュリティシステムアドミニストレータ、テクニカルエンジニア(データベース)、テクニカルエンジニア(ネットワーク)、ソフトウェア開発技術者などです。特別な試験対策は必要なく、授業で学んだ内容で合格することができました。
大学祭の時、研究室で塩焼きそば屋を出したこと。素材から広告まで妥協を許さずに計画し、終日長蛇の列ができるほどの大盛況でした。嬉しいことにこの伝統は今もなお青山研究室に残っているそうですよ。
芝生広場ですね。天気のいい日の空き時間などはゴロゴロしてました。あとは自分のマイデスク。研究室には個人専用の机があるのでリラックスできました。
先輩が後輩に学校生活や学びのシステムを教えるTA(Teaching Assistant)制度は良いシステムだと思います。1、2年次では先生に聞くほどでもないことを気軽に教えてもらえるし、3、4年次では下級生に教えることで先輩としての自覚が芽生え、人間的に成長できると思います。
コンピュータやソフトウェアの基礎知識は、現在の仕事の揺るぎない基盤となっています。
2004年3月 数理情報学部情報通信学科卒業、2006年3月 数理情報研究科数理情報専攻卒業
(2009年4月より数理情報学部は「情報理工学部」にリニューアル)